航空会社の昔と現在
日本の空に、新しい風を巻き起こす航空機が間もなく出現しようとしている。
これまで、日本の空を飛行していたのは、いわゆる″航空三社″といわれる第二次世
界大戦敗北後から数年経過して生玄れた航空会社である。連合軍の占領支配から解き放
たれた結果の誕生である。一番手はそのうちの一九五一年八月一日、新発足した日本航
空。
五二年四月に講和条約が発効し同年七月に航空法が制定され一〇月二五日から日航が
本格的な自主運航を開始。
以降、航空会社は続々と誕生し、その数は相当数に上ったが、政府運輸省の行政指導
のもとに次々と集約統合されて、今日のようないくつかの系列の航空子会社を抱えた日
本航空、全日本空輸、日本エアシステムの三社に収斂された。
日本の空はこれら三社が約四三年間、支配してきた。その支配の要が運輸省で、同省 は″需給調整″なる規制と許認可権を武器として、新規参入の航空会社を一切認めてこ なかった。
その結果、高価格運賃、消費者無視路線をはじめ、海外の国々とはちがった、まった くいびつな、極論すれぱ国民無視、軽視に近い航空行政がまかり通ってきて、航空三社 は、その掌の中で動いてきた。″護送船団方式″といわれる航空体制ができあがってし まったのだ。
しかし、冷戦構造の崩壊は既成の秩序を崩壊させ、世界に規制緩和という潮流をもた
らした。
もとより、欧米の国々では、それ以前から世界における経済競争社会に打ち勝つため
規制緩和・撤廃に取り組んできた。とくに米国では七〇年代から大胆に取り組まれ、そ
のため航空業界では大変な緩和の嵐が吹き荒れ、大手どころの航空会社はその洗礼を受
け倒産してしまったところも少なくない。
これまで日本は″日の丸″のお墨付きを欲しがる会社と、それを与えたがる役所の二 人三脚で、規制緩和という風は一向に吹かないできた。しかし世界の潮流である規制緩 和という風のほうが、日本に吹く風よりも強くなった。
かくて運輸省は、「需給調整」なる新規航空会社締め出しの規制の緩和を余儀なくさ
れた。
折しも羽田空港の沖合拡張工事が九七年春に完成し約四〇便が新たに増えた。そこで、ついに四三年ぶりに新しい航空会社が産声をあげた。九七年九月現在までに、その数は六社にのぼっている。
産声の第一番乗りは、格安航空券市場を切り開いたエイチーアイーエスの深田秀雄社 長であった。滓田と前後して北海道でも北海スターチック社長の浜田輝男が名乗りをあ げた。
澤田はスカイマークエアラインズを、浜田は北海道国際航空をそれぞれ九六年秋に設
立。次々と既存三社へ挑戦状をたたきつけた。「低価格運賃」「低経費航空」「消費者本
位」、これらは既存三社にはなかった看板である。
スカイマーク、北海道国際につづけと、九州と沖繩でパソアジア航空、サザンクロス
(沖繩国際航空)が誕生した。九七年夏のことである。さらに同じころ、東京と横浜に
ジャパソーパシフィックーエアライソズ、横浜国際航空の二社も参入。
かくて既存三社と新規参入六社の航空商戦が繰り広げられる時代の幕開けである。
新規参入会社の誕生を待っていた、規制緩和推進派の経営陣や各種団体、学界の人々
は、この動きに拍手喝采、自らも出資や助言などで応援団として参画している人も少な
くない。
なによりも利用者にとって、高い運賃、路線という消費者軽視にこれまで悩まされて
きただけに、新規航空会社の参入はたいへんな味方の登場であり、朗報となった。
既存三社はこれから迎え撃つ格好となる。
いまのところ、追い風はまだ運航していない新規航空会社のほうに吹いている。一番
機を飛ばしたあとも新しい風として追い風が加わるならば、既存会社の苦戦は深刻な問
題となる。
これまで利用者から理不尽とも思える高値運賃をとってきた報いといえばそれまでだ が、これにより、航空三社が経営姿勢を一八〇度切り替えることができるかどうかで彼 らの生き残りが決定されると思える。
今後、新規参入するのは、なにも日本国内の企業や経営者ばかりとは限らない。
規制緩和は世界の潮流である。海外の航空会社や企業の航空市場への参入も十分考え
られるところだ。
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